「ね、姉さんの声だよな? 梢」 「う、うん。ほどほどにおかしい言葉遣いなかごねえの声に間違いないよ」 お前のほどほどに、っていうのも負けず劣らずおかしいと俺は思うぞ、などと九連は真面目に考え、真面目に梢に足首を蹴られる。 「痛っ!」 思わず防御の構えをとってしまう九連だったが、指の隙間から見えたのは梢の柔らかい微笑だった。 「もう、アタシのアイデンティティーを傷つけてこれぐらいだなんて、ほどほどに奇跡なんだからね。くれにいだけの特別サービスだよん」 人差し指を突き出して、左右にゆったりと振る梢は妙にスッキリとした表情をしている。 「こずえ……」 暗闇の中でハッキリとしない視界なのに、どうしてこんなに、こんなに分かるのだろうか。 また一つ妹の成長を垣間見た九連は、表情を緩やかにたるませた。 兄としての喜びを噛み締める、彼なりの最大限の感情表現の一つがこれなのだろう。 と、その時である。 暗闇に一筋の光が差し込み、いきなり空間全体に広がった。 「うわっ!?」 「きゃっ!?」 光に包まれて周りが暗黒から一転、銀世界へと変わり始めたのだ。 その変化の中で、かごめの「ほあぁ」「ひょぉ」「おりょりょ」等々の奇声がこだましていたのを二人は知る由もない。 ◯ 「……?」 気づけばそこはさきほど怪物に襲われた舞台である、白一色な美凛の部屋だった。 もちろん、怪物が現れて荒れ放題になった後の祭りで悲惨なことにはなっているのだが。 「終わった……のか?」 九連が恐る恐る辺りを見回すと、机の近くにジャージ姿の美凛が倒れているのを見つけた。 どうやら、怪物は消えたようだ。 「美凛ちゃん!」 梢はすぐさま美凛の元に駆け寄り、肩を持ち上半身を上げて呼びかける。 やさしさ溢れる素晴らしい光景だな、と九連はぼんやりと思った。 丁度、感動の再会シーンと言ったところだろうか。 「大丈夫? 大丈夫?」 「ん……?」 梢の数回の呼びかけの後、美凛はゆっくりと目を開く。 「美凛ちゃん!」 「こ、梢女史……?」 美凛は記憶の中に浮かぶクラスメートの名前を、ちょっと古めかしくささやくようにつぶやいた。 「こずえでいいよこずえで! こずえでいいんだよ!?」 梢の真顔の突っ込みで、映画の感動のワンシーンは台無しになってしまった。 「やれやれ……」 そんな姿も妹らしくて微笑ましいもんだ、と九連が軽いため息をついたと同時に 「およよ……」 後ろから、姉の声がさっきよりも鮮明に聞こえた。 ◯ 「およよ……」 「な、姉さん……」 「およよよ……」 いつの間にいたのかわからないが、九連の後ろで見慣れた巫女装束姿のかごめがそでで顔を拭っている。 どうやら、美凛と梢の寸劇に涙腺を刺激されたらしかった。 「よかったのぉ、よかったのぉ」 涙を流し続けるちょっと不気味な泣き声の姉に近付きながら、九連は尋ねる。 「姉さん。姉さんが助けてくれたのか?」 「う、うぬ……」 涙をぬぐい続けるかごめが喋れるようになるまで、彼はしばらく黙っていようと決めてから数分後。 「おぬしが勝手に持ち去ったくずかごのおかげなのじゃ」 濡れたそでで示した先には、九連が持ってきた浄化のくずかごが置いてある。 「そのくずかごがの、神社に置いてあった他の浄化のくずかごと共鳴したんでの。最初はめっぽう驚いたものじゃが、いやはやこうして間に合ってよかったよかった」 先程の涙から一転、ケタケタと快活に笑うかごめ。 九連はいつもの姉の様子に安心する一方、実力の差をひしひしと感じていた。 いとも簡単なことのように軽く言っているが、それでも九連と梢がまるで歯が立たなかった、あの謎の怪物。 それを、彼女は「只今参上!」から数秒でケリをつけたということなのだろうか。 「…………」 彼は今一度、かごめという姉の強さを目の当たりにしたのだった。