九連の思考の乱れが梢に伝わった時、すでに彼女は長い長い廊下を走っていた。 「ハァ、ハァ」 体育座りをして詳細に読心出来るようになった梢は、人の心理状況からおおよその行動が読める。 頭上の空が突然暗転したのは、確か兄が美凛の部屋に入ったのと同時だったはずだ。 くれにいが危ない。 直感的にそう感じて、気付いたときには彼の通った道筋を追いかけていた。 鍵が掛かっていなかったのは幸いだったが、恐らくそれは悪い展開の理由付けにしかならない。 梢は焦っていた。 「くれにい、お願いだから、無事でいて」 走りながら、彼女はただ祈り続ける。 (少しでも、少しでも早く行かなくちゃ……!) ○ どのくらい走ったのだろう。 正面右側のドアが開け放しになっているのが見えて、そこに九連がいるのだとすぐに分かった。 「くれにい!」 切れ切れになっていた息をさらに切らして、梢は最後の力を振り絞り、兄の元へと駆け抜け―――― 「な……!?」 真っ白な部屋が視界に入るなり絶句した。 部屋の中ではくしゃくしゃになった紙くずが縦横無尽に飛び回り、その中心には得体の知れない紙くずが固まったような怪物が君臨している。 最悪の事態だった。 そのすぐ近くには、ふらふらとした足取りでなんとか体を支えて立っている兄の姿が。 思わず叫ぶ。 「くれにい! くれにい大丈夫!?」 呼ばれて初めて気付いたのか、九連はハッと妹の声がした方向を向く。 目が合う。 それから、罵声が聞こえた。 「こずえ!? どうして来た!」 兄は、必死にこちらに向かって叫んでいる。 「逃げろ!! 早く逃げて姉さん呼んでこい!!」 「アタシが助ける!」 兄の言葉を無視して、梢は九連の前へ躍り出ようとした。 それは、自分への大きな決断だったのかもしれない。 だが、そんな彼女の横腹に大きく丸まった紙くずが衝突し、怪物がうなり声を上げる。 「ヴァアアアア!」 「!?」 一瞬何が起こったのか分からなかった。 とても紙とは思えない、鉄のような硬さの紙くずが梢の横腹をえぐり、吹き飛ばす。 「きゃあ!」 白い壁に思い切り叩きつけられ、梢は力なく床に転がった。 息が、出来ない。 頭がふらふらする。 九連の声が遠くから聞こえてくる気がするが、何の反応も出来ない。 「梢! こずえええ!!」 体を引きずりながら九連は梢の元に駆け寄る。 そして、虚ろになった栗色の瞳を見つめながら一心不乱に肩をつかんで揺らして叫んだ。 「こずえ! こずえ起きろ! こずえ!?」 怪我をしているかもしれない梢に、本当はこんなことをしてはいけないことは分かる。 だが、高ぶる感情はおさえきれない。 九連は振り返り、奇声を上げ続ける怪物をきっと睨んで叫んだ。 「お前、梢は無関係じゃん!? ふざけんな!!」 だが、怪物は九連の言う事などまるで聞いておらず、手のようなものを振り上げた。 すると、ぐるぐると旋回していた紙くずがまとめてこちらに飛んでくるではないか。 「ヴォオオオオオオ!!」 「なっ!?」 九連はとっさに梢の上に覆いかぶさった。 背中に容赦なく鉄球のような紙くずが当たり続ける。 「ぐぁ! うぁ! ぐあぁ!」 とにかく梢を守らなければ。 その一心で、九連は紙くずの攻撃に耐え続けていたのだが―――― 間もなく、彼は意識を失ったのだった。