目の前に広がった光景を例えるなら、白いカンバスが最も適当――――九連が足を踏み入れた美凛の部屋はまさにホワイトルームだった。 床も、壁も、天井も、家具も、その他部屋の中に存在するほとんど全てが白一色。 そして、ところどころに点在する小物は、すべて水色。 空に溶け込んでしまいそうな、淡い水色だ。 美凛がそこに入っていっても違和感が感じられない。 その白いカンバスに新たに加筆されたのが自分なのだろうかと九連が感じたほどである。 先に歩いっていった美凛は、窓際におかれた白い机の前にある白い椅子に座った。 と、九連はその机の前の窓に目が行く。 空が、真っ黒だった。 もう季節は夏だから、急に天気が悪くなることが珍しいとは思わない だが、それを踏まえてもどうしても拭えない違和感がその窓の先に展開している。 本当に、真っ黒なのだ。 雨雲独特の水彩絵の具が滲んだような色彩の変化がない。 まるで、スイッチの切れたテレビ画面のようである。 そんな窓に固定された彼の視線に気付いたのかはわからないが、美凛は静かに言った。 「……勉強、始めましょう」 「あ、そうだったね」 ささやくような声で我に返り、九連はしょっていたリュックサックを慌てて下ろして開けて―――― ――――開けて、初めて気づく。 (そうだ、勉強道具は梢が持っていっちゃったじゃん!) リュックサックの中には、くずかごがひとつ。 これは自分が持ってきたものである。 それ以外は、何もない。 ヤバイ。 リュックサックを開いたままで、九連は固まる。 どうしよう。 顔を上げることが出来無いまま黙っていると、美凛の声が聞こえた。 「……どうしたんですか?」 「あ、いや、あはは、いや」 苦笑いを顔中に浮かべて、九連は顔を上げる。 そこには相変わらず無表情な美凛が椅子に姿勢よく腰掛けていた。 どうにか、どうにかして話題をそらさねば。 九連は必死に考え、視線を動かし―――― 美凛の机の脇に、くずかごがあることに気付いた。 くずかごには丸められた紙が山のように詰め込まれており、どう見てもこれ以上入りそうにない。 彼はしめたと思い、苦笑いのまま美凛に語りかける。 「美凛ちゃん。くずかごもう一杯じゃん」 言われて、美凛は無言で視線を九連からくずかごに移した。 それを確認しつつ、九連は続ける。 「偶然ちょうどいいところにさ、俺今日なぜかくずかご持ってきてるんだよね。よかったら使いなよ。勉強してたらゴミとか出ちゃうでしょ?」 言いながら、彼が”浄化のくずかご”を出した瞬間。 「ぅ……ぁ……」 美凛の様子が急変した。 顔に手を当て、苦しそうに前かがみになってしまう。 突然のことに不安を感じた九連は、くずかごを片手に声をかけながら近づいた。 「だ、大丈夫美凛ちゃん? どこか調子でも悪い感じ?」 「ぅぁ……うぁ、ぁァ、ァァ、ァァヴぁ……うヴぁヴぁヴぁあああああああああああ!!!!!」 「なっ、うおっ!?」 よろめきながら大きな奇声を上げ、美凛は体をがむしゃらに振り回し始め、九連は吹き飛ばされてしまった。 持っていたくずかごは部屋の端へ転がっていき、彼も同時に床へ勢い良く転がる。 「いてて……一体どうしたの、って」 頭をさすりながらなんとか起き上がり、ぐらぐらと揺らぐ視界の中、彼は見た。 「ヴォォォオオオオオオオオオ!!」 くずかごの中一杯に入っていた紙くずが浮かび上がり、美凛の体へ張り付いていくのを。 「な、なんだよこれ……!」 もうそこにいたのは、深窓の令嬢でも、白色美人でもなんでもない。 ――――怪物だったのだ。