懐かしの我が家へやってきてから一夜明け、寝ぼけまなこを擦りながら、九連は初夏の住宅地を梢と歩いていた。 彼が目を覚ましたときには既に、かごめがいつもの巫女装束を着て家の隣の神社で何やらお祈りのようなものをしていたので、特に何も言わず二人で出てきてしまったのだ。 蝉の鳴き声が織り成す喧噪の中、梢が大きな声で九連に言う。 「くれにい! どうすればいいのか何も考えてないでしょ!? そろそろ美凛ちゃんと待ち合わせした喫茶店に着くんだから、ほどほどに考えておいてよね!」 昨日、部屋でやさしく介抱してやった時の梢はどこへ行ったのか。 今目の前にいるわが妹は、いい意味でも悪い意味でも高校生らしいきゃぴきゃぴのキャミソールにジーパンというとってもラフな格好で、正直九連は目のやりように少し困っている。 もちろん、そんなイケナイ思考を持った瞬間、梢は「ま〜たくれにいの邪推が始まった!」なんて怒り出すのだろうが、寝起きモードでまだ半分寝ている九連の心中は幸いなことに読めていないようだった。 恐らく、周りで鳴り響く蝉の鳴き声に集中を掻き乱されているというのもあるのだろう。 とにもかくにも、彼はほおを何度か叩いて目を覚ます努力をしながら梢に言った。 「わかってる! ただ、一つ聞いておきたいんだけどな、梢!」 「何!?」 やはり、読心できていない。 「どうやって美凛ちゃんを呼び出したんだ!? 昨日の話を聞く限りだと、普通の会話すらできない感じだったじゃん!」 「大学生のお兄ちゃんが、無料で家庭教師をやってくれるよって言ったんだ! そしたらあっさりオッケーだった!」 「なんだって!? 俺が家庭教師!?」 兄をダシに使うとは、何と勝手な妹だ。 梢が手料理を作るときは、なるべく近くによらないように気をつけようと九連は誓った。 「そう! 美凛ちゃん真面目な子で、昼休みとかでもいつも勉強してるから、もしかしたらって思って電話してみたの!」 「なるほど筋道は立ってるな! だけど一言俺に言っておいてくれてもいいじゃん!?」 確かに家庭教師として梢が自分を紹介すれば、きっと美凛ちゃんの家にも足を踏み入れることが出来るかもしれない。 だが、心構えというものが必要だと九連は思うのだ。 それに、勉強道具なぞ何も持ってきていない。 代わりに九連は、今日も背中にリュックサックをしょっており、そこには昨日売ることが出来なかった浄化のくずばこが入っていた。 梢から美凛ちゃんと会えると聞いた彼は、とりあえずこれを渡して部屋に置いてもらうだけでも何かが変わると思って持ってきたのだ。 だから、直接これを家に置いてこれるとなれば、それこそ一番簡単で手っ取り早いのだろうが…… まさか自分が家庭教師役とは思いもしなかった。 「あ、いけね! 緊張してきたー!」 「うそこけくれにい! もう読心できるもんね〜!」 既に喧噪の狭間からは離れ、駅前に近づいている。 蝉の声は、ほとんどど聞こえなくなっていた。 さらに、それなりに歩いたので目もだいぶ覚めていたのだ。 してやったりのしたり顔で、梢は笑みを蓄えた上目遣いをこれ見よがしに九連に見せてくる。 「アタシの考えた名案に納得ありがと! ささ、ファーストインプレッション大事に大事に!」 「不幸だ! これはれっきとした不幸だ!」 「アニメみたいなこと言わないでよね!」 もう大声で喋る必要も無かったのだが、二人は相も変わらず大声で叫び合っていのたのだった。