くずかご販売員(前編) 2/4


 会議室のある公民館から出て、二人は家路へと向かう。
 ここへ来るときは真っ青だった空も、今では先程かごめがそうだったように、朱に染まっていた。
 綺麗な空じゃん、と何とも無しに思いながら、九連は少し前を歩く姉にこれまた何とも無しに尋ねてみる。
「父さんと母さんは元気してる?」
「うんにゃ。全然現役じゃ。ただ、今は夏の長期旅行に出ておる」
「そっか」
 大学の寮から直接この公民館近くの駅で集合したため、九連は寝泊りのために必要な一式を詰め込んだリュックサックを背負っていた。
 もちろん、その中には父母へのお土産も含まれているのだが、渡せないとなると少し残念である。
「それじゃ、今は家に妹一人ってわけじゃん」
 記憶の中の妹――――梢(こずえ)の頼りない姿が思い浮かび、九連は少々不安を感じた。
 そんな彼の表情を読み取ったのか、かごめは活気を声に滲ませて答える。
「その通り。ま、アイツも最近難しい年頃だからの。放っておいても大丈夫じゃ」
「いや、それって逆に大丈夫じゃないじゃん」
「ふむ。言葉のあやじゃな。ま、よーするに梢も最近は独り立ち出来るようにはなってきておるということだ」
 しっかし、本当にこれが女言葉かと今更ながら九連は姉の言葉遣いの珍妙さを考えてしまう。
 小さい頃からずうっとこの調子で、あの会議室の様子を見るに最近は公の場ではきちんとした現代語を使うようにはなっているものの(と言っても、なんだか古臭い感じなのだが)やはり兄妹、家族間ではこんな感じなのだ。
 まぁ、それもそれで悪くはない――――少なくとも、こんな言葉遣いをするのは我が姉、かごめだけだからアイデンティティーの確立だけはしっかりと出来ていて、弟としては嬉しいことこの上ないのだけれども。
「おっと、焼き鳥じゃ! さあ九連。私に約束通り一本おごるのじゃ!」
「……一本でいいの?」
「うむ!」
 妙に控えめな所も相変わらずだなぁと苦笑しながら、やっぱり珍妙だと思ってしまうのだった。


 ◯


 小さな紙袋に入った焼き鳥を一本くわえたかごめが、九連にはちょっと懐かしい我が家の扉を開く。
 懐かしいとはいっても、彼が大学の寮に入る直前に建て替えたので設備に関しては結構最新のものが揃っている。
 ちなみに、隣にある小さな神社はいわばこの葛餅一家のオフィスであり、父母はもちろん、かごめもまた呪札・陣などを書く時に精神統一の場としてよく使うことから重要度はかなり高い。
「ただいまなのじゃー!」
「おかえりんごー!」
 開けた扉の内側から飛び出してきたのは、九連の記憶の中の梢が予想以上に進化した姿であった。
 髪の毛は茶に染まり、体全体起伏がなんだか女性らしくなっている。
「おお梢。すっかり高校生デビューしちゃったじゃん」
「やーくれにいくれにい! 久しぶりのおかえりんごー!」
 ただ、見た目がどう変わろうとも彼女のお決まりの文句『おかえりんごー』だけは健在らしい。
 頬を熟したりんごのように膨らまし『おかえりんごー』と言う梢の頭を、九連はやさしくなでてやる。
「いいこにしてたかー」
「ほどほどにー」
 これまた梢のお決まり文句『ほどほどにー』が彼女らしい優しい声で聞けて、九連は心が洗われる気がした。
 だが、久しぶりに会うといい妹じゃん、と洗ったばかりの心の中で考えしまったのが間違いだった。
「くれにい。ちょいと邪推が過ぎる」
 突如鋭くなった視線が彼に突き刺さる。
「あっ」
 忘れていた。
 梢が読心の使い手ということを。
 妹のそういう大事な能力を何故忘れてしまうのか伝々について、九連は梢に弁解を強いられなければいけないだろう。
 すでに、心は全て読まれているのだから。
「くれにい……マジですっかりかんかん忘れてたんだね。一応あたしのアイデンティティーなのに……」
 目の前でしょげ始めてしまう梢。
 そんな彼女の気を取り直そうと思った九連の心に、悪魔が降臨した。
 
 制服姿でしょげてる梢……いいじゃんいいじゃんカワイイじゃん

 再び現れた邪推を消し去った時にはもう遅い。
「くれにい! ちょいと後であたしの部屋にかむかむおん! 精神洗浄が早急に必要だ!」
 怖い顔をして言い放つ梢だが、声はどこか嬉しそうに聞こえる。
 なのに、いや、だからこそだろうか。
 九連は戦慄を覚えた。
 久々の戦慄である。
 かむかむおんとセットにやって来るのは、いつも悪いことだったからかもしれない。
 経験が、彼に警鐘を鳴らし始めていた。
「そんじゃ、あたし上で宿題やってるからー」
 と、梢はバタバタと大げさな音を立てて家の階段を登っていってしまう。
 残された二人は、沈黙とともに梢の消えた場所をしばらく見つめていた。
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