エピローグ


 一通り部屋のくずかごを片付け終わったのと同時に、先程のメイドさんがお盆に三つの大福を乗せてやって来た。
「美凛様、お持ちしました」
「よろしいわ。ささ、お食べになってくださいまし」
 部屋の入口でお盆を受け取って、そのまま部屋の真中に置きながら、彼女は言う。
「かごめ女史に話は聞きました。あなた方が内職している”浄化のくずかご”の販売代理として、全国の唐玉グループが協力いたします」
「いや、そんなことしなくても大丈夫だよ、美凛ちゃん」
 ひょいと大福を口に放り込んで咀嚼しながら、梢は両手を振った。
 もぐもぐと、しばらくの間部屋に美味しそうな擬音がこだまして数秒後、再び口を開いたのは美凛だった。
「只今両親は二人とも仕事の都合で家を空けています。その間の最終意思決定権は長女の私が持ってるので、心配なさらず」
「いや、そういう問題じゃないじゃん。こっちはあくまで好意で……」
 言い終わる前に、九連は美凛の汚いものを見るような視線で言葉を途切れさせられてしまった。
 さっきもそうだが、どうやら美凛は自分の事を嫌っているらしい。
 どうしてだろう、どうして今日はこんなに女性に嫌われるのだろう、と九連は落胆する。
(美凛ちゃんといい、さっきの梢といい――――)
 美凛の隣りに座る梢は、何故か笑っていた。
 どうせ心を読んで惨めな自分を嘲笑っているのだろう。
 そう思い、やりきれない気持ちで大福の最後の一切れを食道に放り込んだ。
(とりあえず、これで一件落着、ってことかな)
 気付けば窓の向こうの空は熟れたオレンジのようにとろけそうな橙色に染まっていた。
 
 一方

「にゃはは。おいしい大福じゃー」
 
 仕掛け人である葛餅家の長女かごめは、大福のおいしさにメロメロになっていたのだった。


 
 ◯

 
 唐玉家の豪邸を後にして、葛餅家の三人は並んで歩く。
 夕日の中という舞台設定の醸し出す空気のせいかもしれないが、九連には何故かとても懐かしく感じられた。
(いや、懐かしいんだよな、これ)
 三人で一緒に歩いて出かける機会など、もうここ一年くらい無かったように思われる。
「ふぁあ……今日はほどほどに忙しかったね、くれにい」
「んあ? あぁ」
 隣を歩いていた梢が九連の肩に抱きついてくる。
 ささやかな茶髪が彼の鼻をくすぐり、なんだかいたたまれない気持ちになった。
「すまん梢。せめて蹴るなら股間以外のところを頼む」
 心を読んで「ほどほど邪推!」と言いながら、男の性を責め立てる妹も、こうして見れば中々可愛いものかもしれない。
 いや、可愛い。
 間違いなく。
 と、九連が思ったからかどうかは分からないが、何故か梢は何もしてこない。
 不信に思って梢の顔を覗き込むと、何故か真っ赤になっていた。
「……梢?」
 もしかしたら、夕日に照らされていたのかもしれない。
 彼の疑問の瞳に耐えかねた梢は、混乱気味に言い繕う。
「もう、今日はくれにいの優しさにほどほどに触れちゃって……えっと、ありがとね」
「あぁ」
 九連は暗闇での一部始終を思い出す。
 思えば、自分は妹に前で情けない面を晒して、涙まで見せてしまったのだった。
 今更ながら、恥ずかしいと思った。
 だが、梢もまた、兄に本当の気持を吐露したのだ。
 それがどこかで化学反応を起こしたのかもしれない、そんな沈黙。
「…………」
「…………」 

 なんだかいつもより二人の距離が短くなっているのを二人自身が感じていた、その時。

「にょほほ。兄妹愛もここまで行くと犯罪モノじゃな」
「なっ!?」
 かごめの突飛な突っ込みに、二人は同時に奇声を上げて、すっ転びそうながら違う違うとわめいたのだった。

 ――――いつもの日常が、そこにはあったのだ。


 ◯





 こうして

 この物語は終わった

 唐玉美凛は正気を

 取り戻し

 葛餅梢は

 クラスメートの心を

 取り戻し

 ついでに兄の
 
 ※※も
 
 取り戻し

 そして

 そして

 どこかのだれかは

 今もきっと

 きっとどこかで

 一人楽しく

 酔狂している








 TO Be CONTINUeD
◆感想などをどうぞ