プロローグ


 ”くずかご”というものをご存知だろうか。
 

 否。知らぬ、とおっしゃる非常識な殿方は今ここで私なりの軽い講義を聞いて頂けると幸いであります。
 
 もちろん知っているわ、とおっしゃる奥方。あなた様にもぜひ聞いていただきたいこの話、今後の人生を生きてゆく上で何一つ役に立たないこと請け合いであるが、なぁに、人生とは無意味を知ることと見つけたり、などと言葉があったかどうかは存じぬ上で、騙されたと思って聞いて頂きたい。

 さて、今ここに一つの”くずかご”が置いてありますので、どうぞ御覧ください。全長およそ40センチ、直径20センチほどの円柱形をしており、その外色はドブで汚れていないネズミの毛色のような、均一かつ灰色一色という感じでしょうか。一言で言い捨ててしまうのであれば、”普通のゴミ箱”であるこの”くずかご”ですが。実は末恐ろしい”戦慄のたまり場”であるということをご存知であろうか。

 部屋の隅で小じんまりと佇むくずかごに、鼻水を吸わせたちり紙を丸めて投てきするのが趣味のそこの殿方。そう、あなた様。あなた様の投げたそのちり紙には、あなた様の存ぜぬうちに負の感情が込められているのでございます。
 
 それでだけはありませぬ。書きそこねた原稿を、いつもくしゃくしゃに丸めて投げ捨ているそこの女流作家様。あなた様はその原稿に憎しみを込めていらっしゃる。そしてそれが山となり、くずかごの中にたまり続けているという事は無いでしょうか。今私は、それが非常に危険な行為であるということをこの場を借りて申し上げたい。
 
 いつか、そのくずかごから怨念の塊がより集まり生まれた塵喰(ちりぐい)が飛び出し、あなた様を危機にさらすことになるでしょう。それを回避するためには、是非ともこの”浄化のくずばこ”を使われることをオススメいたします。このくずばこ、見た目は先程のものと変わりありませんが、内部には陣が書き連ねてありまして、そこで塵喰が生まれるのを押さえ――――


 はぁ。
  
 帰られるのですか。
 相分かりました。
 どうぞ、こちらへ……
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