作:tanaka
人間に忌み嫌われる存在。 気持ち悪がれ嫌悪され、殺されるだけの存在。 わたし達にだって命があるのに人間達は勝手だ。 それがわたし達の共通の認識だったのに―― この人は。この人だけは―― 「うんうん。今日もゴキ子は可愛いな」 この人だけはわたしを特別に扱ってくれている。 人間達に気持ち悪いだけの存在に思われているこのわたしを。 「ゴキ子の漆黒のツヤ……綺麗でたまらないな。人間でいうところの黒髪の綺麗な女性ってところかな? それにしても、こんなにも可愛いゴキブリを気持ち悪いなんて言うなんてほんと、理解に苦しむよ」 ……ちょっとだけ変な思考の持ち主かもしれないけどね。 で、でも……綺麗だと言ってもらえるのは嬉しいものがある。 他の人間には気持ち悪いとしか言われないから。 この人のために何かしてあげたい。ここ最近そう思う事が増えてきた。 わたしが出来る事なんて何もないかもしれないけど、何かしてあげたい。 特別に扱ってくれるこの人のために―― 大好きな彼のために、わたししか出来ない恩返しを。 本当に可愛いって言ってくれる彼に最大級の感謝を。 そして彼に恋してしまったわたしの気持ちを伝えたいから。 わたしは―― 「――で、ゴキ子は人の姿になったと?」 「……はい」 虫が人の姿になる。本来はあり得ない事だけど、時として想いは奇跡を起こすみたい。 まさかわたしが、彼と同じ人の姿になれるなんてね。 これで彼のために行動が出来る。 わたしの気持ちを伝える事が出来る。 「俄かには信じがたい事だけど、現実として起きているんだから認めるしかないのかな」 「迷惑……でしたでしょうか?」 もしあなたが迷惑に思っているのならわたしは。わたしは…… 「そんなことはないよ。少し驚いただけだから」 「そうですか……」 よかった。本当によかった。あなたに迷惑だけはかけたく無いから。 「それにしても、僕が思ってた通りゴキ子は黒髪で美人さんなんだね♪」 「そ、そんなことは――」 こうして面と向かって美人と言われるのは気恥かしいものがある。 それでも、もっと言って欲しいって気持ちも出て来て変な気分だ。 「あ、あのですね――」 でも今はそんなことを考えている暇は無い。 もっと他に大事な事があるから。 「何かわたしに出来る事はないでしょうか?」 あなたに恩返しがしたい。その想いを果たさないといけない。 今のこの姿なら出来る選択肢も多いはずだし。 この姿だからこそ出来る恩返しもあるはずだから。 「う〜ん。僕は特にして欲しい事はないかな」 「え……?」 何も無いって、何か一つくらいはあるんじゃ…… 「僕は何かして欲しくて君を飼っていたわけじゃない。ただ僕の側にいてくれて、僕を癒してくれ ればそれでいいんだ」 「…………」 ああ。やっぱり優しいよ。 ただ側に居てくれるだけでいい。そう言ってくれる人はどれだけいるだろうか? この人はそれを言える人なんだ。 わたしは本当に幸せ者だ。 ここまで想われているんだから。 よし。彼にわたしの想いを伝えよう。 もう我慢なんて出来ない。感謝の言葉だけじゃ足りないよ。 伝える事で彼に嫌われるかもしれない。でもいいんだ。 これはわたしのただの我儘だから。 それに彼に受け入れられなくても、わたしは十分幸せ者だからね。 だから――わたしの言葉を聞いて下さい。 「あなたに飼われた日からわたしは、あなたの事が好きでした」 好きで好きで仕方がないんです。 あなたを想うだけで心が苦しくなる。 もっとあなたに褒められたいって思う。 一日の大半の時間、あなたの事を考えている。 それほどまでに、あなたの事が好きなんです。 わたしは、ただの虫ですけど心の底からあなたを愛しています。
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