ライブ(ここでいうライブというのは、バンドとかがよくやるものだ)っていうのは、本当にいいものだと思う。 生の楽器が、それぞれの個性を出しあって、グルーヴを作る。 音楽というものは、基本的に止まることが出来ない。 もしどこかで誰かが時間を止める装置を発明したとして、時間よとまれの一声でこの世界の時を止めたとしよう。 その時、音楽というものはパッと無くなってしまう。 視覚化してみるなら、テープレコーダーのモーターが止まる。 レコードの、CDの回転が止まる。そういうことだ。 そんなの当たり前なのだが、これはとても恐ろしいことだ。 ここにある古ぼけた懐中時計のでっぱりを押して時間を止めてみよう。 まずは手みじかに、美術館へタダで入場。 著名な画家の絵画を飽きるまで見て、その空気を想像する。 白けた空の下でせっせと麦の収穫にはげむ、おばさん達の息遣いが聞こえてきそうだ。 すぐ横では、偉そうにアゴを引いた中世の剣士がピシッと立っている。 この人、怒りだしたらすぐに人を切りそうだ。 もし僕が横を通り過ぎたら、尖ったその剣でおしりをつつかれてしまうかも。それは痛いからゴメンだ。 僕は静かな(時が止まっているのだから、音楽は流れていない)館内の中をゆっくりと徘徊する。 一つ一つの絵が、とてもとても生き生きしているように見える。 (こういう安っぽい言葉を漢字に置き換えるなら、躍動感溢れるとでも言えばいいのだろうか) 確かにそれは、そうなんだけれど、僕にはどうにも居心地が悪い。 多分、この絵の中をマンガのように行き来出来れば、それこそとても楽しいのかも。 額の中だけの世界だけれど、誰も額の向こう側に行ったことはない。 フレームワールドなんて名前で一本話を作れそうなぐらいだ。 そういう世界を旅するのも、悪くはないかもしれない。 けれど、僕には音楽が必要だ。 タイトに刻むビートと、色鮮やかなギターリフがこの絵画を切り刻んだとしても、音楽が好きだとひいきするぐらいに。 熱烈なホーンが鼓膜をいやらしく揺るがして、ピアノが地面をはうように音をうねらせる。 そんな光景を思い出しながら、僕はため息をひとつついて、赤いじゅうたんの上に大の字になった。 転がろうとも思ったけれど、面倒くさいのでやめた。 真上にある、やたら装飾が華やかなシャンデリアを見ながら、あの金色の飾りがひとついくらするのか試算してみた。 多分、三億円ぐらいいくんだろうか。全部で。 どうでもいいや、と思って僕はそのまま寝ることにした。 どうせ時間は止まっている。動かなければ誰もこない。 そう思って僕が目を閉じようとしたら、毛むくじゃらの男がやってきた。 「おい、アンタ」 「……僕?」 ファンキーなヒゲを生やした男は、面倒くさそうに鳥が巣を作りそうなアフロをかいた。 ボリボリという音が、広い館内によくひびく。 男は周りを挙動不審にキョロキョロと見回しながら、僕をチラチラと見てたずねる。 「ここにいるのお前だけ?」 「多分、間違いなく、そうだと思う」 僕が戸惑いと確信を交えながら答えたら、男はヒゲをハの字に歪めた。 「どっちだよ」 「百聞は一見にしかず。周りを見たらすぐわかるよ」 起き上がりもせずに、僕は上を見つめたままだ。 「あぁ、それもそうだな」 突き放すような物言いに気を悪くすることもなく、男はやっぱり周りをキョロキョロと見回してている。 それだけ見たら、わかりそうなもんだけどな。 僕がそう思いながら黙っていたら、男は何も言わずどこかへ行ってしまった。 再び静かになった館内のど真ん中で、僕は寝そべり続ける。 どのくらい経ったのだろう。 時間が流れていない、つまり止まっているから日が暮れることはないし、よく考えたらここで寝ていてもしょうながない。 僕は立ち上がって家に帰ることにした。 そろそろ家のステレオで何でもいいから聞きたくなってきたころだ。 今日は何を聞くべきか思案しながら歩き始めると、突然後ろからドラムの音が聞こえた。 「よぉ! ちょっと聞いていかないか!?」 振り向くと、そこには一台のドラムセットと男がいた。 男は笑いながらスティックを器用に回すと、右手でつかんだ方のそれを僕につきつけた。 「あんた、飢えてるな」 「よくわかったね」 僕は首をすくめる。 「あぁ。音楽が聞きたい、とにかく音が聞きたいって目をしてるぜ」 男は自信満々に言って、数回スネアをはじいた。 その乾いた音だけで、体がゾクッとしたのがよくわかる。 「小鳥のさえずりでブレイクダンスを踊っちゃいそうな気分だよ。何か聞かせてくれるの?」 「ドラムソロ一時間! たっぷり楽しんでいってくれよ」 言い終わる前に、男は自分でカウントを取ってドラムをたたき始めた。 僕はその場に体育座りになって、男のドラムを聞いた。 歌うようにビートが刻まれて、美術館は途端にライブハウスになった。 すばらしいソロ・ドラムを、僕は心ゆくまで堪能した。 汗だくになる男の姿は、本当に楽しそうにドラムを叩いていて、うらやましささえ感じてしまうほどだ。 僕はやっぱり、時は止まらないから時だと、そう思う。 こんな素晴らしいものが生まれたのも、時が流れるからだ。 時間が流れる。そこに生まれる。そこで消えていく。また生まれる。 残響も、クレッシェンドもデクレッシェンドも、生まれて消える。 僕は絶え間なく続くドラムの音を聞きながら、そう思った。 目が覚めたら、ベットの中だった。 季節に合わず、ずいぶんと汗をかいていたけれど、不思議と気分は悪くない。 ブラインドの隙間から挿し込む日差しを肌に受けながら、僕は顔を洗うべく洗面台に向かった。 音楽はやっぱり、窓の外からチュンチュンと聞こえてきていた。